長谷体通信バックナンバー vol.41feb.2007
 [当社社員が東京マラソンに出場し完走しました!]
記念すべき第一回東京マラソンに出場したのは48歳と68歳の男性社員2名。
ご本人に感想を綴って頂きましたのでご紹介致します。
北信越支店 中田氏(48歳)

東京マラソン完走(感想)記

レース結果は、個人的には散々なものだった。日頃の練習不足に加え、とにかく雨と寒さに敗北した大会となった。
前夜からの雨は、当日になっても降り止まず、時折吹き荒れる強風が、寒さを益々増長させていった。
スタート前に手荷物預かり所で手に入れた 一枚のビニール河童が、命綱となった 。それがなかったら、レース半ばでの棄権も必然だっただろう。レース直前に2回、レース中に3回もトイレに立ち寄ったのは寒さゆえ。ビニール河童は、とうとうゴールするまで脱ぎ捨てることはなかった。

(写真はビニール河童をまといレース直前に仲間と寒さに震えているところ。左端が中田氏)
レース直前に仲間と寒さに震えているところ
9時10分、寒さに震える3万人のランナーが、都庁前を一斉にスタート。号砲が鳴ってからスタートラインにたどり着くまでに約10分を要したが、靖国通りの緩やかな下り勾配を軽快に走っている間が、唯一の快適な時間であった。しかし、そこに落とし穴が・・・。序盤のハイペースが、ボディブローのごとく後半へのスタミナを奪っていった。

皇居二重橋付近でついに我慢できずに最初のトイレ休憩。ここも混雑状態で、大幅に時間をロス。少しでも取り戻そうとその後のペースを上げたことも致命傷となった。

品川で折り返してから 20km のポイントに迫るあたりで体調が狂いだした。足腰の痛みではなく、体力的な落ち込みを強く意識するようになった。 22kmの給水所 で初めて口に出来るはずのバナナだけが、神頼みのように思えた。ところが・・・無かった! 先に行った選手達がほとんど食い尽くし、ほんのひとかけらだけを口にできたのみ。

それからはますます身体も重くなり、ついには 25km 手前で立ち止まり、歩き出してしまった。一度立ち止まってしまうと気力も萎え、とにかく先の距離を考えると果たして完走できるのか?不安になってきた。
それでも、 20km 付近まではタイムも当初の予想通りに来ていたので、とにかくゆっくりでも、出来るだけ走り続けてゴールを目指そうと考えた。
ペースを落してからは、沿道の声援が大きな励みとなった。大会本部側が用意した食べ物はまったくあてにならず、飲料水だけが溢れるほどテーブルに並んでいるのが、かえって恨めしかった。地域の人たちが所々で差し入れしてくれるチョコレートやお汁粉、温かいお茶等はランナーにとっては大きな助けとなり、人だかりができるほどだった。「ギブ・ミー・チョコレート!」

浅草を折り返してからの終盤は、特に過酷な自己との戦いとなった。走っては歩き、歩いては走りの繰り返しで、その頃には既に周りの景色を見る余裕すら無くなっていた。ひたすらゴールを目指す自分の周りの選手だけを目で追って、「同じような地獄を味わっているのかな?」と考えると多少は気分も楽になった。

40km を過ぎたあたりでやっと雨も上がり、ついにゴールとなる有明・東京ビックサイトを視界に捉えても、喜びすら湧いて来ないほど感覚が麻痺していた。
フィニッシュ後、役員より完走記念メダルを首からかけてもらい、飲料水のボトルを手にした先に 何と山積のバナナが・・・!

記録は 5時間 。予定より1時間以上も遅れてしまった。しかし、「それよりもよくぞ辿り着けたものだ」とその時は素直にそう思った。

手荷物返却場は大変な騒ぎになっていた。ゼッケン番号をかざす選手達に対し、なかなか本人の荷物が見つからない。荷物を受け取ってから、やっとの思いで着替えを済まし、待ち合わせ場所で仲間と再会できたのは、ゴールしてから1時間も後のことだった。
  (レース後、疲れ果てた状態での記念写真。中央が中田氏)
スタート前に仲間と
3万人ものランナーが、大都市東京のど真ん中を駆け抜ける前代未聞のレースは、ランナーにとっても大会関係者にとってもいろいろな意味で記憶に深く残るものとなったことだろう。

自分自身としては、 6年ぶり2回目のフルマラソン挑戦 。前回は練習量も今回とは比較にならず、10kmレースやハーフマラソン等へも頻繁に出場している中でのフルマラソン(荒川市民マラソン)出場であったが、それでも33km付近で両足に痙攣をきたし、3時間40分というタイムでやっとの思いでゴールを果たした。

今回はというと、人数の多さも考慮して、密かに4時間を切れれば御の字かな?と予測していたが、フルマラソンはそんなに甘くなく、週末の10kmそこそこの練習量ではとても太刀打ちできるものではないと、あらためて思い知った。

加えて雨と寒さへの対策不足。低体温症となって救護室に運ばれる選手が、かなりの人数に昇ったとのこと。風雨に打たれて、寒さが急激に体力を消耗させていったことも今回のレース結果の大きな要因となった。

この大会は市民ランナー達にとっては待ちに待ったものであり、是非定着してもらいたいと思う。  そして、また個人としても次回の出場が叶うなら、是非リベンジを果たしたい大会となった。


  【マラソンやスポーツ等の略歴】
高校時代は陸上部所属。社会人になってからはじめてマラソンに出会う。ランニング歴約10年で市民マラソン大会や駅伝大会等。多い時は月に1〜2回のペースで出場したが最近は年に1〜2回のペースに減少。昨年の記録は10kmロードレース・42分で年代別9位。



本社顧問 吉田氏(68歳)

東京マラソン尻つぼみ

2月18日AM8:30過ぎ、新宿駅コンコースにシートを敷き着替えながらパンとバナナを食す。
「この老人が」と通行人はジロジロ見るが、雨に濡れず暖かいしトイレは空いているしこんな良い場所は他にはありませんよ! ?になった気分だ〜。

雨と寒さ対策で傘とパッチと靴が増えたけど着ていたウィンドブレーカー上下も ザックに詰め込み背負って走る ことにした(ゴール地点で荷物の受渡方法がはっきり記されてないので)

スタート位置を探してC組の先頭まで行ってしまう。D組に戻ろうとしたら「時間がありません、ここでスタートして下さい!」。結局スタートライン通過まで55秒。道は広いし混乱もなくこれが3万人の大会か?と思うようなスタートだった。

湿気が高いのとトイレに時間を取りたくないので途中の給水所で飲むのは一口程度にしてうがいで我慢。いつもと同じようなペースで淡々と走る。 20km を過ぎるあたりから食べ物が出てきた。「人形焼」は立ち止まってぱくつき更に手に持って食べながら走る。いい年をしていやしい奴だ!(一緒に走った山の仲間は「俺の時は無かったぞお前は食いすぎだ」とぼやいていたが、食いたけりゃ早く走れ!ってんだ。)
27km あたりの雷門の前では綺麗どころが踊りを披露中。スゲーと近づくと町内のおばちゃんだ。早々にレースに戻る。

その少し先の 28km 付近では山行きを中止した仲間10人ほどがピンクのブレーカで応援。大福を差し入れてくれるはずだったが、姿が見えません。 大福 残念!(後から来た仲間に食われた。)途中沿道の方から熱いお茶などを頂いたりしてまずまずだったけれど。

銀座4丁目を左折。築地から月島へ出ると風当たりが強くなり寒さで足はコチコチ。食べ過ぎの付けが来て腹がもたれピッチが極端に落ちる。台場に入ったらもう歩いているようだ。
「あと5kmがんばれ!」「ウッセイ!これでも頑張ってんだ」言葉も荒くなり、背中のザックが重く感じる。もうメタメタ!
築地の 35km からゴールまで45分。 最後の2.195kmが14分 とは情けない 完全に尻つぼみ それでもやっとこさゴール 3時間28分02秒
サハラマラソン2006
案の定、荷物の受渡しの混雑は想定どおり滅茶苦茶になりかけていた。 ザックを背負って走ったのは正解だったかな。 着替えて外に出たら太陽が顔を出し気持ち良い気分だ。
が、サテ、どこに行ってどの線に乗ればどの駅に行けるのか全くわかりません。
案内板が無い。
完全に田舎物です。(パンフの地図は参考にならない)
海外はもとより、全国各地から参加した人にゴールの後は知りませんはちと冷たくない?

今回、参加できた事がまずラッキー。スタート、ゴールの混雑の程度が分からないのでザックを背負っての走りだったが完走出来てホットした。

また、普段の市民マラソンで折り返してくる先頭集団とはやはり速さが違っていた。世界で1位、2位を争うランナーと一緒に走ることが出来てその走りをちょっぴりでも見る機会に恵まれたことは幸いでした。  感 謝

 (サハラ砂漠を走る吉田氏)

  【マラソンやスポーツ等の略歴】
サハラマラソン給水ポイントで

登山に必要な足腰に鍛えるため、30歳から走り始めたので本格的な走りではありませんが100km、250kmのウルトラマラソンにも参加しています。

写真は2点とも世界で最も過酷といわれる、フランス主催のサハラマラソン。2006年4月に初参加。水以外の必要物資(10kg以上)を全て背負い7日間で合計212kmを走破。367位(585名完走・146名リタイア)
右の写真は給水ポイントで





2007年2月18日 9時10分
都庁スタート→四谷→飯田橋→皇居→日比谷→品川 折返し→日比谷→銀座四丁目→日本橋→浅草寺雷門 折返し→日本橋→銀座四丁目→築地→豊洲→東雲一丁目→東京ビッグサイトゴール (42.195km)



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